きらりのブログ★

てづくり工房「atelier*きらり」の病弱作家YURIがお送りする、日々のきらり(…?)を綴るブログ。

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    いってきました。
    | 18:11 | 大切なココロ・カラダ | comments(2) | - |
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      それではみなさん
      いってきます。
      | 12:09 | 大切なココロ・カラダ | comments(0) | - |
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        諸条件がそろったので心臓の手術を
        来週、予定通り行うことに決めました。

        死ぬような手術ではないと申しますが…
        心臓ってなんかやばそうな…
        人の手が(実際はカテーテルですが)
        入るっていうのはなにか怖いです。


        今日突如、死んでも
        明日死ぬって言われても
        一年後に死ぬっていわれても
        きっと、大丈夫ってことはないなあ。

        長く生きれば生きるほど
        例え家族がいなかったとしても
        たとえ友達と交流をなくしていても
        しがらみというのか執着というのか
        やり残した感があって。
        たまってしまったあれこれが
        片付かない。

        完全に帰依した修行僧とか聖職者ならば
        捨てるものも何も無くて
        この肉体から解き放たれるのは寧ろ
        幸せなことなのだろうか。

        私には一体どのくらいの時があれば
        そのように円満に命を終われるのだろう。
        日頃やりたいことは沢山あるのに
        身体が言うことをきかず
        もっと時間があるか私が沢山いたらいいのに
        とおもうぐらいだ。
        いやあ・成仏出来なさそうだ。

        確かに私の肉体ももう成長は見込めないし(…)
        病気が治ることも無い。
        おばあさんになって完治しても
        若かった頃をやりなおすことは出来ない。
        面倒な肉体に閉じ込められているという点は
        合致するけれど。


        私は、今…そして将来にも
        叶わないことに執着している。



        でもまあ・心臓は再発するかもしれないながら
        手術で完治も可能なものらしいので。
        かといってほうっておいて治るものでもないし
        眼と心臓ぐらいはなんとか治しておくか、と。


        一週間後も生きているという前提で
        色々、物事は進んでいる。
        だから、死ぬ準備はしていない。
        死んでいる場合でもない。

        | 13:30 | 大切なココロ・カラダ | comments(6) | - |
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          久しぶりにイソバイドを…

          はい、つまり片耳聴こえが悪いのです久々ですが。内側から蓋をされているような。役割を果たさない緩い耳栓をされているような塩梅です。

          もうまもなく一週間…薬は速効性ないのもわかっている。
          難聴は早期治療が肝心と云うが。

          というか、私の場合飲まなくても時間かかるが収まった…一昨年だったか。
          但し耳に脈の音が残るようになったため、今回は2年ぶりに耳鼻科へかかった次第であります。

          相変わらず原因は内耳にあるものの病名も定まらず、薬も同じものだ。眩暈はない。内耳の浮腫は平衡感覚の神経の束の働きを阻害してしまうようなのだ。


          とりあえずまだ読書期間中だから学術書に集中していなければならない。
          そんなときに限って自衛隊の飛行機が何度も何機もガンガン空を行くので自分の中と外、二重にウルサイ…が苦情もいえず(-o-;)


          今回処方されたのは一回分が分包されたものだった。スマートで便利!
          箱で渡された。中身の重さは同じ故、ずしりと重い。


          無理やり甘くしたような甘苦い味は変わらず不味いが、気のせいか以前より苦ではなくなった。


          一時的ではあるが結構な量の薬である(´Д`)
          | 15:39 | 大切なココロ・カラダ | comments(0) | - |
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            読書に励んでいるyuriです。
            自分が好むようなジャンルのものというより
            学術書的性格の本てことで
            さくっとは進まないけど(苦笑)




            実際調子が悪い日が多くても
            見た目何ともなさそうに見える。
            とか、誰かの前に出る時は
            至って元気そうに見える
            っていうのは理解されない。
            体形も注射のお陰で
            病的には痩せていない。

            勿論、調子が悪い時は
            会わないんだもの、当前至極だ。
            そしてわざわざ調子が悪いのに
            ホラこれが私ですとは
            見せるわけも無い。

            自分だってたまにあるいい状態に騙されるし。
            精神状態だって慢性病を抱えていれば
            よいときもあれば悪いときもある。


            悪い時の自分を知っているし、
            それが「たまにある」出来事なら
            恐れたりはしない。
            そうじゃないから、自信がない。

            そんな状態では現実問題
            なかなか社会と繋がれない。

            いまだ数値が改善していないのに
            自分の体調を無視し仕事優先には
            できない。
            健康な人は意識しないことなのに
            強烈に意識せざるを得ない。
            時には呼吸にさえ気を払わなければ
            ならない。

            (血液検査の結果は
            blood-sugar level以外良好。
            悪かったら生活習慣病だけどいまは
            その兆しは無い)


            とりあえず
            上を見たらキリがなく
            下を見てもキリがなく

            だから私ごときが権利を主張し
            声を上げていいのかもわからなくて。
            私ごときが弱者なのかもわからない。


            健常者でも障害者でもないわたし。
            難病であって難病でない病気。
            障害であって障害といえない??症状。

            現時点では病院通いが生涯続くことと
            ちゅうぶらりんで曖昧模糊としていることだけは
            はっきりしている。(ナンダソレ!)

            | 20:22 | 大切なココロ・カラダ | comments(0) | - |
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              カテーテルアブレーション初体験は、もう来月にせまる。
              (緊急にお世話になることはなくなったけれど何だかんだで毎年入院してるなぁ(汗))


              比較的安全で負担も少ない手術だという。入院期間も短い。子供が長期休暇のうちにぱぱっと受ける程度のもの(@_@)
              なんていうならもっと早くに受けとけば良かったのかも?

              とはいえこれもタイミングの問題。
              どうせならよい医者に任せたいという気持ち。
              そして生理前の発作が恒常的になってしまったからこともある。


              さて。タイミングといえば、バッドタイミングなことも。

              人の出入りがある待合室で手術前の説明をうけた。当然、事前にその他の疾患について訊かれる。

              ひととおり話が済み、帰るため席を立とうとした私と母の隣の椅子に、前の席に座っていた女の人がやってきて
              「すみません、今、話聞いてたんですけどね、治ったり改善しますよ」
              と、少し抑えたような声で曰わる。

              なんとまあ。
              そうきたか。

              それで明らかに聞き耳をたて此方の様子を伺っていたのだと母は即座に理解したようできっぱりとお断りした。


              初め、手術か入院について関心のある人が何か聞きたくて、声をかけてきたと思っていたが、違った。まさか病院で健康食品のセールス…か、宗教か。露骨すぎて唖然とした。

              一体どの病の何に効果を示すものだったのかは知らないが、そういうもので治るなら医者はいらないし、改善してるなら開発者はノーベル賞もので、例え西洋医学の医者の学会で権威が認めないといおうとも何がしかの常識になっているはずではないのか。

              西洋医学至上主義では決してないけれどもはや拒絶もできない体としては酷なウマいハナシ。
              そういうことをする行為自体が「心無いこと」である場合もあるということがわからないのだろう。

              すがるような思いでお金をかけ、結局駄目だったとき、懐も心も傷つくのはすがった本人だ。勧めた人は効かない人にはそれ以上何もフォローしない。


              此方が迷い悩んで漸く受け入れようとしている事を忘れろという人とか。病人には時に諦めや妥協も必要なこともあるのだ。
              悔しいし辛いけれど涙を飲んで認めなくてはならないことが。

              これは多分、健常者というか…治る種類の病気にしかなったことがない人には決してわからない。例え近くても跨げない深い深い溝のような境界線が横たわる。


              勧められるのも断るのもまことに気分が悪いので端から求めていない人間に押し売りするのはやめて欲しい。

              不用意にヘンな希望をもたされた挙げ句希望が絶たれたとき、失うものの方が実は大きいのだ。
              | 13:10 | 大切なココロ・カラダ | comments(0) | - |
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                どうやら風邪…もしかしたらインフルエンザっぽい。

                10年ぶりくらいのすんごく久し振りの、感覚。

                昨日の朝、喉が痛かったので風邪かと思ったが昨夜は全身痛(神経障害みたいな…)と肩甲骨の辺りにひどい悪寒で夜通し眠れず。今朝は38.3℃の熱。これどう考えてもインフルエンザ…

                ろくにでかけていないのに。3日潜伏というから月曜日の買い物先か。誰だよ出先でバラまいた保菌者。

                咳鼻水はないけれど頭痛…神経内科で偏頭痛の薬を貰っていたのが最近解熱鎮痛剤の方が効くのでそのままそれを使用出来てありがたいが、なにしろかかりつけが市内ではないので1人ではちょっと厳しい…故、寝てますが。

                とりあえず、解熱剤飲んだら悪寒は消え、37℃台に落ちたもののハイリスクな身なので怖い。

                頭痛がすっきりしないのがなぁ…
                家族にうつりませんように。



                追記(1/11)
                インフルエンザかと思いましたが、熱は収まりました。
                でも頭痛少々と喉の痛みがまだ結構酷い。

                今回特には頭痛薬兼解熱鎮痛剤、ヴェポラップと喉スプレー、のど飴様々でした。
                | 17:25 | 大切なココロ・カラダ | comments(0) | - |
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                  今日は本年度最後の通院日でした。
                  もう来年までいかないぞ!

                  ということで、結局今年も長々お世話になった
                  入院病棟のナースの皆さんのために
                  久しぶりに病棟に上がりました。

                  引越ししていつもの所じゃなかったし、少し
                  知らない人もいたけれど。

                  クリスマスカードをプレゼントしてきました♪
                  といっても待合でダーマトグラフでこちょこちょ
                  描いただけ…しかも消しゴムも無い状態(笑)


                  いや、立派な書下ろしですわ!
                  紙もちゃんといい紙だぞ!


                  苦しんでいる時、私のこといつも助けてくれて
                  患者のために頑張ってくれて、とっても優しい
                  スタッフの皆様が一瞬でも和んでくれるように
                  そんな願いを込めてささやかなプレゼント。

                  イラストって、心を慰めてくれる手段だ。


                  同時にイメージを視覚化するというのは
                  説明をわかりやすくするらしい。
                  今日お世話になった神経内科の先生は
                  私の頭痛ダイアリーのイラストを、何か
                  お医者さんの勉強会で使用して好評だった
                  と言っていました。

                  こんな時期が嫌だとか
                  ここが痛むんだとか
                  こんなことがあったとかをちょこちょこと
                  書いていたのを面白がってくれていたのが
                  少しでも役立てることが出来てよかった。

                  立派な社会貢献、できていて。


                  | 20:32 | 大切なココロ・カラダ | comments(0) | - |
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                    しちがつっ!
                    蝉が鳴いているっ!
                    夏、か…


                    ありがたいことに大雨どころか、
                    移動のたびに雨に降られてはいないけれど
                    病院⇔家で調整中…いまだ…

                    定まるのか?

                    定まらなければ長期的展望としての
                    将来も未来もあったものではない。


                    よくなろうと必死に目先の数字を追う。
                    それが今の私の「生きている理由」だから。
                    けれど突如として如何ともし難い虚しさを覚える。


                    ずっと「なにもできていない。」
                    なにをすべきだったかわすれてしまいそうになる。
                    なにもしなくてもなんのもんだいもないから。

                    いや、それこそがもんだいなのだ。


                    数値ばかり追いかけている
                    (よい数字ならそれでもいいけれど)
                    毎日小さなショックばかり受けて…

                    現在も生きている感じがしない。
                    生きていてもいいという感じが。

                    いや、それこそ正に生きているということか。



                    最近すっかりなくなったけれど
                    吐いても吐いても吐き止まらずに
                    何らかの体液を吐き続けるそれに似ている。
                    (あ、腸閉塞の方の話によるとそれは
                    腸液なんじゃないかと…)


                    さて、明日はまた報告に帰りまする。

                    | 13:33 | 大切なココロ・カラダ | comments(0) | - |
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                      深いお堀は挽き茶羊羹のような緑色の水を静かに湛えていた。
                      5月も末。散歩にはほど良い天気だった。

                      一匹の亀が前進することもなくぷかぷかと浮かんでいた。

                      奥まった場所では鵜が餌を狙って素潜りしていた。
                      図らずも遠くで素潜りしながら前進する鵜と並びながら進む。と、手前の方に黒い塊を発見した。

                      大きいのが一つ、少し揺れていた。そして小さいのが二つ。それはただ浮かんでいた。



                      ※以下、グロ注意※


                      よく見たら亀が、その黒い塊に前足だけで掴まって泳いでいたのだった。
                      黒い塊は浮力があるようで、丁度、水泳教室でビート板に掴まってばた足の練習でもいるような格好である。

                      必死でバランスを取っている亀の姿は一見、ユーモラスにもみえる。

                      ところがよく目を凝らすとそれは、鳥(鴉)のようだった。
                      亀が動く度、塊も動き、ちらちらと翼や足らしきものが見え隠れしているのが確認できたからである。

                      亀は、食事の真っ最中だった。首を長く伸ばし、その肉に噛みついているのだ。

                      そして、ただ静かに浮かび漂っていた小さな塊のひとつは…その鳥の首だった。(もうひとつは部位不明)

                      亀は、その鳥らしきものの肩のあたりに器用に掴まり、水面に浮かんだり沈んだりしながら、首から下の肉を食べていたのだ。
                      餌である黒の死骸を「浮き」として、まこと旨そうに食らっていたのだった。

                      その度に、挽き茶色の水面はゆらゆら揺れた。


                      程なくして、水の底からゆっくりと大きな鯉が姿を現し…浮かんでいた小さな肉塊を一気にばくりとやって、再び悠然と沈んでいった。


                      彼らの早お昼は、権現様からの恵み?による、格別なご馳走のようであった。

                      (その姿をじっと見つめる私をみておばさまが足を止め、やはり亀のプカプカに気づいたようなので「あれ鳥です、亀が鳥食べてますよ」と教えて差しあげたりして…たぶん共有したくなかっただろうが)
                      | 15:29 | 大切なココロ・カラダ | comments(0) | - |
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